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こんにちは、株式会社一心舎の岡本です。自伝スターダーストシリーズ4作目の「オタンコ・ナス episode-1」は生まれてから小学校くらいまでの話で自分が親から受けた影響。そして親として心がけていたことについて記事にしてみました。

誕生

ぼくは愛知県碧南市というところに生まれました。碧南市は同じ愛知県人でも知る人が少ない海辺の田舎町です。

ぼくが生まれたのは1973年2月。音楽ではかぐや姫「神田川」、チューリップ、山口百恵、御三家と言われる人たちが流行っていた時代で、「ひらけ!ポンキッキ」「ウルトラマンタロウ」仮面ライダーV3」「バビル2世」「ジャングル黒べえ」「ドラえもん (1973年のテレビアニメ)」「新造人間キャシャーン」「ドロロンえん魔くん」「キューティーハニー」「エースをねらえ!」などの不朽の名作が放送開始になった年でもあります。

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幼少期の自分

しがない印刷屋

住んでいた家は昔ながらの民家でした。民家といっても会社もいっしょで当時従業員さんが20名ほどいたので民家の中に印刷機もあるわ、人もたくさんいるわで異常な空間の中で生活していました。個室みたいなものはなくご飯を食べてみんながくつろぐいわゆる「お茶の間」的な部屋とみんなで雑魚寝するちょっと広い部屋だけで生活していました。

「時間ですよ」みたいな生活
「時間ですよ」みたいな生活

子どもの頃の自分

子どもの時のぼくはオタンコナスでした。そんな時期にぼくが覚えている記憶を箇条書きにしてみました。

  • 隣のみかん畑のみかんを収穫前に全部採って怒られた。
  • 電車が来る直前に線路の上に石を置いてどうなるか試してみた。直前で電車が止まって事なきを得たが親が名鉄に呼ばれてさんざん怒られた。
  • 自転車でどれだけスピードがでるか試した時に交差点で止まらず飛び出したら車にひかれて自転車がぼろぼろになった。不思議なことに自分はかすり傷程度だったのでそのまま歩いて帰ったら怒られた。
  • バス釣りがはやっていたので道具を揃えるために友だちみんなで集団万引きしたら学校にちくられて1週間くらい放送室で尋問にあった。家業が印刷屋で学校の仕事もしていたのでお袋が本当に申し訳ない感じで謝っていたのを覚えています。
  • 塾に行くふりをしてサバイバルゲームに行ってました。

親から受けた影響

ある日、製本する作業場が手狭になってきたので台所をリフォームして使うことになりました。ただの模様替えでなく外壁を取っ払ってキッチンを広くするいわゆる増改築でした。

何を思ったのか親父はそれを自分でやりだしました。解体から入り、基礎を造って近所の材木屋で柱を買ってきて組み立て始めました。当時小学校3、4年だったかと思います。そんな自分にも役割が与えられました。柱のホゾとホゾ穴を削る係。ノコギリとノミを使って加工します。長さが違ったり穴の大きさが違うと歪んだり、はまらなかったりする結構重要な部位でした。それと床束を組んで床を貼る係でした。

さらに、小学校5年生の時の夏休みの課題制作をする際に親父が買ってきた物は丸太でした。

「おい、この丸太で大仏彫れ」って親父に言われ、ぼくは妖怪人間ベムを見ながら大仏を彫りました。

そして、小学校6年生の時の夏休みの課題制作ではでっかい1枚板を買ってきて

「おい、これで欄間(らんま)彫れ」って親父に言われ、ぼくはどろろんえんま君を見ながら彫りました。

 

ぼくが建築の道に進んだのもこの時に造る楽しさを教えてもらったからだと思います。

そして、この時に「やろうと思えば意外と自分でできる」ということを親父から教わりました。

この自分でやるという考えが、後に今の会社を救うことになります。「Episode-6 ポイズンの帰還」にて

親になって

自分も今では春から大学生と高校生になる2人の息子がいます。

そんな子育てで心がけていたことは、

早い段階から目標を持たせ、ロードマップを明確にし色んな経験をさせること。

自分自身、人生でいろいろ回り道をしてしまったのでそれを後悔しています。もっと早い段階から自分の将来について考え、自分の好きなことを仕事にできれば幸せだったと常日頃思っていたので、子どもたちにはそういう後悔はさせたくないという思いから、なるべくその先の道筋をみせるようにしてきました。

長男は、小さい頃から大の魚好きで、家には水槽もたくさんありますしウナギも飼っています。水族館に行けば丸一日いても飽きないそうです。そんな長男のあこがれの人は「さかな君」です。

長男のロードマップ
  1. 中学でたくさん勉強して進学校に入る→県下有数の進学校に入学。
  2. サカナ君のいる東京海洋大学を目指す。→東京海洋大学合格。北里大学(海洋生命科学)、近畿大学(水産)合格。
  3. 水族館の学芸員(かなり難関)

元々勉強好きではありませんでしたが、なんで進学校に入るのかが明確になったことで自ずと勉強するようになりました。

 

次男は、先日ブログで紹介しましたがサッカーが好きです。次男の紹介記事

次男のロードマップ
  1. 中学校でJリーグ下部組織へ入る。→最終セレクションで落選。
  2. 中学校で地区トレーニング選抜に入る。→県トレセン、東海エリート選抜に招集。U-15日本代表候補で落選。
  3. 高校で全日本高校サッカー選手権出場。→前橋育英高校サッカー部に入学。
  4. 海外に渡る。

正直こちらの道もかなり茨の道。僕自身はサッカー選手になんてなれるわけないと思っていますし、なれたところで安定した生活が送れるとも限りません。ただ、高校サッカーにしろ海外にしろ色んな経験と人脈はできると思うので今後の人生の糧になればいいなと思っています。

まとめ

正直、僕の幼少期はオタンコナスでした。もちろんこれはこれで色んな経験にはなったと思います。

ただひとつ思うことは、親が子どもに与える影響は大きく、その影響がプラスに働くのかマイナスに働くのかが重要になってくると思います。

親の遺伝子はあまり関係がないと思う。やっぱり環境が人を育てる。

※この物語はノンフィクションです。実際に起きた出来事に基づいて記載されています。