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さてシリーズでお伝えしている自伝ですが、今回で2作目。

前回は「暗黒の時代」ということでぼくの人生の中で一番退屈な時代を紹介させていただきました。

その退屈な時代を何とかおもしろく見せようとしましたが無理があったようです。

今回は、新たなるステージ、大学時代の話になります。

前回の「暗黒の時代 episode-3」を読まれていない方は読んで頂けるとうれしいです。

暗黒の高校時代も終わり金沢の大学に行くことになりました。金沢の大学と言っても金沢大学でなく金沢工業大学です。

専攻は建築科。なぜ建築を専攻したかはepisode-1でお話しします。

なぜ金沢の大学に行ったのか

金沢の大学に行った理由は「スキー場が近い」「海が近い」という理由でした。

その源となったのがこの映画です。

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暗黒の時代に見たこの映画は僕にとっては夢のような景色でした。

この映画を作ったのはホイチョイプロダクション。その後も次々とヒット作を出してきます。

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大学に行ったら絶対こういう生活がしたい。そんな思いを描き大学へ行きました。

いざ入学

入学式の前に金沢の片町「繁華街」にある床屋に行きました。

中学は坊主。高校は親父にカットしてもらっていたので床屋に行くのは数年ぶり。大学生なので髪型の規制もないからパーマでもかけようと思い床屋のおじさんに言いました。

「パーマでお願いします」って、

パーマの種類がわからなかった。

床屋のおじさんが「ちょっと髪が短いけどやるの」って言ったので「ハイ」って言いました。

それでできあがったのが「パンチパーマ」

さらにパンチパーマになったタイミングも悪かった。

入学したての頃で誰も知り合いがいませんでしたので早く友だちを作りたかったのですが愛想の悪い顔にパンチパーマだったんで誰も近寄ってきませんでした。

希望のことば

大学に入ってニキビ面も治り、自分にだんだん自信が付いてきました。

そこで始めたのが金沢の繁華街「片町」のスクランブル交差点の地下にあった「空」という創作居酒屋でのアルバイト。

そこで任されたのが皿洗いとホールスタッフ。そしてなぜかタン塩を焼く係。

ある時、タン塩を汗水たらしながら焼いていたら、目の前のカウンターに座っていたきれいなお姉さんに

「わたし、お兄さんみたいな人。タ・イ・プ」って言われちゃいました。

 

おっ おっ おっ 俺のモテキキター・・・

 

それ以来、コンパには積極的に参加して性格も明るくなってきました。

 

とにかく夜は遊びたかったので早朝のコンビニでバイトすることにしました。

その時、同じコンビニで働いていたある女性に

「あの、ちょっとお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」

 

おっ おっ おっ もしかして

告白されるのかー

 

 

 

 

 

 

「えーと、誰かいい人紹介してください。」

 

 

悔しかったのでそのまま誰も紹介せずに自分を紹介しました。

そして、この時出会ったのが今の嫁。

あこがれのシーン

先ほど登場した「波の数だけ抱きしめて」に出てくるあるシーンものすごくあこがれて

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DATSUNに乗る織田裕二

これ買っちゃいました。

そして、普通に走っていても面白くないのでトライアルにも出場しました。

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オフロードフェスティバルin KOMATSU

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さらに、普通の車じゃおもしろくなくなってきたので改造に走りました。

改造や修理に費やした費用は200万ほど。

アルバイトをしたり、コンビニの廃棄や耳パンで食費うかしたり、当時つきあっていた女性(嫁)の名義で勝手にローン組んだりと色々資金繰りをしながら改造費に充てていました。

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最終的にはこんな形に

しかし、この車も在学中に廃車になり、2代目・3代目と続く。

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2代目はランクル80
三代目はパジェロJ-TOP
三代目はパジェロJ-TOP

ハイリフト車の数少ないメリットはセンサー付き無人駐車場だとタダで停めれること(センサーが反応しないので)

環境が人を変える

大学時代は「人」に恵まれました。同じ科の友だち。同じゼミの仲間。そして同じ趣味の仲間。

その中でも同じ趣味を持つ仲間との出会いが自分を大きく変えたと思います。

その同じ趣味の仲間は、同じ大学の仲間ではなく同じ大学の友人の高校時代の同級生、たまたま4WDを持っているということで呼んでもらったのがきっかけですが、最初はなんであいつ呼んでくるの関係ないじゃんって思われていたらしい。

昔の自分ならあえてそんなグループに身を投じることはなかったけど、そのグループには気になる存在の人物がいた。

どんどん面白いことを考え、どんどん周りを巻き込んでいく、影響力の塊みたいな人。

ぼくが車の改造にアホみたいに金をかけてしまったのも、その友人の影響でした。

その時に気付いたことは、

「楽しいところに人が集まり、影響され、コミュニティができる」

「そして正しいかどうかという事すら超越してしまう」

という事でした。

 

新たなる希望

大学時代の一番の収穫は人生を共にする人に出会えたこと。

嫁とは卒業して1年くらいで結婚しました。

昔から飛んでた。
昔から飛んでた。

 

勉強のことはまったく覚えていない。どうやって単位をとって、なぜ卒業できたかも覚えていない。

でも大切な事に気付き、友人ができ、人生のパートナーと知り会えた。まさに新たなる希望につながる時代でした。

自分を変えるのはなかなか難しい。そんな時は自らの環境を変えることで変わることができる。「環境が人を変える」

※この物語はノンフィクションです。実際に起きた出来事に基づいて記載されています。

大学時代よく行った食べ物屋

  • 第七餃子店・・千葉に本店があるホワイト餃子グループの暖簾わけ店。
    • 他のホワイト餃子に比べてシナモンが多めに入っている。そしてネギたっぷりの豚汁もおすすめです。
    • 取り寄せもできるので僕が調理できるレパートリーの一つです。
熱いので初めに全部に穴を開けて食べるのがコツ
熱いので初めに全部に穴を開けて食べるのがコツ
  • ターバンカレー(現在のチャンピオンカレー)
    • 今では金沢カレーなんて言われているドロッとしたカレー。
    • 基本フォークで食べるのできれいに食べるにはカツを残しておきカツで拭いて食べるときれい食べれます。
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昔のカツはもっと薄かった
  • キッチンユキ
    • 金沢カレー源流の一つ。僕がよく食べていたのはハンバーグベーキたまご野菜のせです。先日数十年ぶりに食べに行きましたが味が変わっていてちょっと残念でした。

 

  • 珉来 内灘本店(ぼくが一番好きだったお店)
    • ここの鳥天丼にはまりました。日曜休みのため社会人になってからなかなか行けない。自宅で何度か味の再現に挑戦してみましたが無理でした。
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鳥のてんぷらをあんで絡めた丼物
  • たこやき太郎の天かす
    • お金がないとき、友人がバイトしていたたこやき屋の天かすを食べていました。